平沼赳夫元経済産業相が17日、岡山市で開いた政治資金パーティーの席で政府の事業仕分けを批判し、仕分け人を務めた蓮舫参院議員について「元々日本人じゃない」と発言した。
蓮舫議員は台湾人の父と日本人の母との間に生まれ、85年に日本国籍を取得したれっきとした日本人である。おのれの政治信条にそぐわないからといって、その人物の出生を根拠に非難する国会議員が今だに存在しようとは夢にも思わなかった。このような尺度で他人を判断するのであれば、オバマ大統領に対してはもっと痛烈な人種差別的発言をしたに違いない。
平沼赳夫氏は、先の小泉政権下では一貫して郵政民営化法案に反対して、離党戒告処分となった。同じくその法案に反対した他の国会議員が厳しい復党条件をのんで自民党に復党したのに対し、ただひとり初期の信念を貫いた国会議員でもあった。この点であたしは平沼赳夫氏の生き方も国会議員としてまっとうなものであると評価していたのであったが・・・。
今回の平沼赳夫氏の発言は、感情が高まってとか相手との言葉の応酬の最中になされたものではないのは明らかだ。自分との考えの違いを、相手の血筋や国籍、職種などでもって批判するのであれば、彼の発言は「天に唾するものである」というに他ならない。なぜなら、日本民族(一部の人たちは大和民族と言っているが)は降って湧いたかのようにこの島国日本に突然誕生したのではない。もちろん神話としてそのように語り継げられるのはいっこうに構わないが、現実として「キャンペーンガールが帰化して」などと中傷に近い言葉で語られるならば、この事については科学的に反論する必要がある。
日本人は人類学的にモンゴロイドであり、その源は朝鮮半島や山東半島からの北方渡来ルート、南西諸島や東南アジア、インドなどからの南方渡来ルートといわれているから、日本人と言ってももとを質せば我々は連邦議員とルーツは同じである。そして全人類のルーツはアフリカだというのは定説になっているので、ルーツを根拠に差別をすることは乱暴なやり方だと知るべきだ。
どういう国の生まれであろうとそれを理由に相手を蔑むことは一番卑怯なことだということをあたしは強く言いたい。国籍や血筋や容貌は本人のせいではないのだ。あたしのこの考えはあたしが幼い頃に体験した以下のことで培われたものだ。
あたしの母親は、旧満州の旅順というところであたしを生んでくれた。日本の敗戦情報がこの地に住む日本人家族にもたらされる前に、旧日本軍の上級関係者とその家族は事前に逃げ去り、残されたのは開拓民としてこの地に送り込まれた一般人である。まわりの中国人や朝鮮の人たちの態度がおかしいと感じ始めたある早朝、突然ロシア兵が軍用車両と共に押し寄せ、各家庭の玄関をぶち壊して、あたしたちから時計や靴、洋服などを有無を言わさずひったくっていった。日本の紙幣は紙くず同然だと悟ったか、持ち去ることはしなかった。反抗的な態度で殴打される日本人はいたが、連行されるというようなことはなかった。ただし、激しく抵抗したり乱暴された人たちの中には殺されたり、自害した人もいた。そういう中で、ある中国人は年頃の日本人の娘を預かってくれたり、旧日本軍に関係していた家族を用心のため匿ってくれた。また子沢山の日本人家族はロシア軍の追跡から逃れるために、足手まといになる(何という表現か、しかし当時は現実として言われてきた)わが子を親しい中国人に預けてきた。すべてとは言わないが、中国人ばかりでなく、朝鮮の人たちも同じようにあたしたちに救いの手を差し延べてくれたのである。
あたしの父親は、当時あたしが最も嫌いだった憲兵の仕事をやっていた。大陸に渡った成り行きで、このような仕事をしなければならない父はいつも悔やんでいた。憲兵の下級クラスに属していた父にロシア軍の襲来は事前に知らされなかった。ロシア軍が攻めてきた時、家族を守るために、尾籠な表現ではあるが、父は血の小便が出るほど苦労して、家族全員の名前をすべて変えた6枚の「引揚許可通知書」を手に入れた。敗戦から2年後、やせ細ったガリガリのあたしたち一家は幸い1人も死亡することなく、舞鶴港に帰ることができた。その時乗った引き揚げ船は興安丸だった。故郷に帰り、そこで初めてあたしたちの名前が正しいものに書き換えられた。
今、あたしの手元には黄色く変色した「ИЗBEIIIEHИE」とロシア文字で書かれた6枚の「引揚許可通知書」がある。この書類を手に入れるため、父の苦労はさておき、中国人や朝鮮の人たちから大きな危険を伴う手助けをしてもらったことをあたしは忘れることができない。
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