G20大阪サミットが29日、閉幕した。
議長役を務めた安倍晋三首相は総括で「力強いメッセージを出せた」と宣言したが、「そうかな?」と頭を傾げたくなる。
なぜなら
本来G20サミットはG7サミットの後に開かれるのが通例なのだが、今回は順序が
逆転した。
なぜG7よりも先にG20サミットが開かれたのか?
それは7月末の参院選を前に、G20サミットの議長国として何らかの成果を上げて目立ちたい安倍首相の裏心があったからである。
今回、大阪宣言には「保護主義と闘う」との文言が盛り込めなかった。それどころか
安倍首相がこの件に対して真剣に取り組んだかというとそれはあやしい。
さらにロシアのプーチン大統領との会談において、安倍首相が北方領土返還について話し合ったという形跡も見られなかった。
政府は外交の難しさをたとえて「相手のある事だから」とよく言うが、この世の中すべてが「相手のある事」だらけである。
安倍首相の人格に疑問を抱かせた次の例がある。
それは、安倍首相は今回のG20大阪サミットの夕食会あいさつで、大阪城復元について触れたとき「大きなミスをしてエレベーターを設置した」と言った。
安倍首相は、体が不自由な人のために大阪城にエレベーターを設置したことを「ミス」と言い、しかもそのことでG20に出席した各国首脳の笑いを誘おうとしたのである。
この安倍首相の発言に対して会場は大きな笑い声が起きるでもなく、各国の首脳はあいまいな微笑を浮かべただけだったという。
安倍首相のこの「エレベーター設置はミス」だとの発言に、バリアフリー社会に逆行するとして障害者のあいだから反発の声があがったのは当然であろう。
一方、このことは些細な事だという反対の声もある。
しかしこれら反対意見を持つ人たちの多くは、大阪城の最上階の天守まで自分の足で上がって行くことが出来る健常者である。
エレベータでしか天守の最上階まで行くことができない障害者の事を思い至ることが出来ない国の最高権力者とは一体何だろう。
場末の飲み屋で一介のサラリーマンが大阪城の復元について偉そうに話をしているのとわけが違うのだ。
国の最高権力者の人格はいつの場合でもすべての国民の模範となるものでなければならない、とは高望みだろうか。
2019年6月30日日曜日
2019年6月21日金曜日
安倍晋三首相以外なら誰でもいい
今からちょうど8年前の6月2日に、衆院で当時の菅内閣に対する不信任決議案が提出されたが、民主党や国民新党などの反数で否決された。
その時は3月に起きた東日本大震災により政界はゴタゴタしていた。
当時は民主党政権下で、震災直後の菅首相の行動が不適切であることも手伝って、菅内閣に対する不信任決議案に民主党の鳩山前首相(当時)までもが賛成していた。
しかし直前になって鳩山元首相は不信任案に反対した。
当時のブログに私は、「一連の国会のゴタゴタはちょうど園児の寸劇を見ているようで、日本の政治というのはいまだ未成熟だとあらためて思い知った」と書いている。
歴史は繰り返す。
今、国会では野党が麻生財務相に対して、衆院では不信任決議案を、そして参院には問責決議案をそれぞれ提出した。
さらに野党は内閣不信任案や安倍首相の問責決議案の提出を検討しているという。
私は8年前の国会のゴタゴタを園児の寸劇にたとえたが、今の国会に対してその考えは変わらない。
今の衆院の議席数は自民党によって多数を占められ、そのために独裁的な国会運営がなされていることに危惧を抱く。
安倍首相はさる19日の党首討論で衆院解散は頭の隅にも無いと言った。頭の片隅には無いが中心にはあるかもしれない。
野党が内閣不信任案や安倍首相の問責決議案を提出したならばどうなるかわからない。
しかし直前になって鳩山元首相は不信任案に反対した。
当時のブログに私は、「一連の国会のゴタゴタはちょうど園児の寸劇を見ているようで、日本の政治というのはいまだ未成熟だとあらためて思い知った」と書いている。
歴史は繰り返す。
今、国会では野党が麻生財務相に対して、衆院では不信任決議案を、そして参院には問責決議案をそれぞれ提出した。
さらに野党は内閣不信任案や安倍首相の問責決議案の提出を検討しているという。
私は8年前の国会のゴタゴタを園児の寸劇にたとえたが、今の国会に対してその考えは変わらない。
今の衆院の議席数は自民党によって多数を占められ、そのために独裁的な国会運営がなされていることに危惧を抱く。
安倍首相はさる19日の党首討論で衆院解散は頭の隅にも無いと言った。頭の片隅には無いが中心にはあるかもしれない。
野党が内閣不信任案や安倍首相の問責決議案を提出したならばどうなるかわからない。
(お断り:以下の文章は6月19日に他のブログサイトに投稿したもので、再掲です)
19日の党首討論を視聴した。
安倍首相と各野党党首が真剣白刃で戦い合うのかと思っていたら、見事その期待は裏切られた。
せっかく金融庁の「老後2000万円問題」どころか「3000万円問題」という政府を追及する好材料が転がり込んできたのに、安倍政権に対する野党党首の切り込みは観ていて歯がゆいものだった。
党首討論で「逆切れ解散」という憶測もあったが、そんな気配も無く、午後4時前党首討論は平穏無事(?)に終わったのである。
今のように内憂外患のややこしい問題を抱えているときの政治は避けたい、というご都合主義が見え見えである。
7月の参院選あるいは衆参ダブル選で、自民党や公明党の与党に鉄槌を加えることが出来たならば、安倍首相といえど総理や総裁の座に安穏としてはいられないだろう。
(写真はいずれも2019年6月19日党首討論 衆院TVインターネット中継より)
あるメディアの世論調査では、安倍首相を支持する理由として「ほかに適当な者がいない」という理由が多かった。
こんな消極的な理由で、内外の問題が山積して一向に解決の兆しが見えない安倍政権にこの日本を任せてよいものだろうか。
今のところ参院選単独かダブル選になるのかわからないが、7月の選挙の結果で自民党が大幅に議席を減らせば安倍首相は今のままでは済まないだろう。
極端に言えば、真実を国民に正しく伝えることが出来る政権であるならば、たとえそれがどのような政党であろうと厭わない気持ちになってくる。
今は「安倍晋三以外ならば誰でも」という心境である。
2011年6月3日金曜日
不信任案否決 今更ほぞをかんでも後の祭り
衆院で2日行なわれた菅内閣に対する不信任決議案は民主党や国民新党などの反対多数で否決された。
直前の鳩山前首相との会談や代議士会で、菅首相の「一定のメドがついた時点で身を引く」という含みのある発言で、それまで不信任案賛成に傾いていた若手議員や、こともあろうに鳩山前首相までもが不信任案に反対票を投じた一連の国会のゴタゴタはちょうど園児の寸劇を見ているようで、日本の政治というのはいまだ未成熟だとあらためて思い知った。
不信任案が否決された後で、菅首相が「辞任する等と言った覚えは無い」と開き直ることを鳩山前首相や若手の国会議員が予想できなかったのは仕方がない。民主党のレベルとはそんなもんだ。本当の政治家ならばきちんと書面を録っておくのが当然で、ここでも政権担当能力に欠ける党の一面を見た気がした。
国会議員であれば、いや政治家であれば言ったことに責任を持つことが当然なのに民主党の幹部の言うことは信用できぬことを今更ながら思う。それを首相が率先して行なえば他の閣僚は何をかいわんや。だからこそきっちりとした書面が必要なのである。
今、不信任案に賛成して解散にでもなったら再び国会議員のバッジをはめるのは難しい。それなら残りの任期を今の身分で通しきったほうがいい。その間にまた民主党の支持率も上向くかも知れない。代議士会で菅首相は若手に後を譲ると言っているし、鳩山前首相も党を二分するようなことは避けたいと言った。一度は不信任案に賛成票をと思ったが、やっぱりまだ国会議員でいたいし事を荒立てるのは止めておこう。
まあ若手国会議員の胸の内はこんなもんだったのだろう。そこには今なお東日本大震災で辛い毎日を送っている被災者のことなど全くない。保身のためには信念(あればのことだが)に背いて平気で前言を翻すことなどなんとも思わない国会議員がいる。驚くことに若手議員ばかりでなく、日頃菅政権を批判していた中堅の民主党国会議員でさえも、菅首相の甘い言葉に翻弄されてしまった。
不信任案が可決されて菅首相が衆院を解散したら被災地では大混乱が生じる、だから賛成してはならないという考えは不信任案の趣旨を履き違えている。
これは後で述べるが、菅政権の平時での政治運営はもとより、東日本大震災と福島第一原発事故への対応能力が著しく劣っていることに起因して提出された不信任案である。
大震災からもうすぐ3ヶ月である。例え未曾有の大震災であったにしろ、私たちの義捐金の多くがいまだ被災者に渡っていないということを聞くと、なにかせっかくの想いが棚上げされたようで、義捐金は被災者に直接渡したほうが気持の収まりが付いたのではと思う時がある。
被災者の救済や原発事故の対応の拙さを自治体が、赤十字が、東電が、原子力安全保安院が、と言うが、もとを辿れば政権が弱いからだ。そのふらつく政権の足元を見ていろんなところがなめてかかっている構図が私には見える。馬も弱腰の騎手を見れば振り落とすという。
未曾有の大惨事である。とにかく原発の収束に向って強引とも思える手段を使ってやっていれば、今頃は収束の段階にあったかもしれない。最初の段階で大きくボタンを掛け違えたのだ。悠長な判断が招いた結果だ。
特に福島第一原発事故では対応を誤れば、この後何十年何百年と影響があるかもしれないほど重要で最優先で取り組まねばならない事故なのに政権にその気迫が今も見られない。現に今までの対応で冷却水の注入経緯や放射能測定値の公表の有無、原発周辺の住民の避難方法などにおいて大きな混乱があった。
未曾有の災害に遭って復興途中にある一国の有能なリーダーは、もし不信任が可決されたならば混乱を引き起こす解散など選択せずに、自らが身を引く冷静さを備えているものである。こともあろうに解散を脅しに使うなどとは許されることではない。
菅首相の見苦しい面は、解散を脅しに使って統率をはかるという、日本人が古来から持ち合わせている伝統の「潔さ」から程遠い手法を使っていることだ。
その狡猾さが今回の不信任案採決にも現れた。
今回の逆転劇を「素晴らしい」と評価するコメンテーターがいた。
菅首相が今回のシナリオを作ったのではなかろう。指南役が居る。彼らの役目は他人を欺く、そして身内も欺く術に長けていることだ。そして最後に国民を欺く。始末の悪いことに、そういう能力があれば原発事故を一日でも早く収束させることに使ってほしいのだが、それには発揮できないようだ。
こうして私はキーボードで一文字一文字を入力している間にも、福島第一原発では放射性物質が自然界に放出されているのである。人間ばかりではなく、周辺の動植物にどれほどの影響があるか誰にも分からない。原発に接する海底では何が起こっているのか、放射線量はどうなのか、そこに生息している海産物は安全なのか。私たち国民にこれらの情報が殆ど入ってこない。
昔、アメリカが太平洋で実施した核実験によって魚が汚染され、日本では「原子マグロ」と大騒ぎになったことがある。他の国が行なった放射生物質の海洋汚染に対して日本で起きた騒動は風評被害だと誰も言わなかった。
小さな島国の日本である。世界地図で日本の福島を探すといい。そこで原発事故が起き、少なくとも3基の原子炉で核燃料のメルトダウンが生じて周辺に放射性物質が放出した。30km圏内の住民は避難した。このニュースを聞いた外国の人たちはどう思うだろう。
たとえば日本と同じ島国のイギリスで原発事故が起きたと考える。私たちはイギリスへの観光やあるいはイギリスで作られた製品をどのように思うだろうか。
日本政府は直ちにイギリスからの食品などの輸入に規制をかけるだろう。それを風評と言うだろうか。
核に対する反応はどこの国でも似たようなものである。
日本で起きたからと特別に敏感になっているわけではないのである。
一部の情報では福島県浪江町で耳のないウサギが生まれたそうである。私は不安をあおっているわけではない。放射性物質の影響か否か、それもわからない。ただこういうことが報告されていることに目を背けないでもらいたい。事実私たちの身には今何も起きていない。しかし原発周辺の世代交代の早い動植物がどうなっているのかを知って、私たちの将来、あるいは子供、孫の将来を予測することは可能である。
福島第一原発事故の対応を誤れば、東日本どころか日本全部が汚染されてしまい、日本で生産される食物はおろか、工業製品、日本近海で獲れた魚介類さえも輸出できなくなる怖れがある。それどころか日本人が外国に行くことも制限されることも考えられる。
日いずる国といわれた美しい日本が、米国が昔行なった核実験で今でも放射能が検出されて立ち入りが制限されているアリューシャン列島のある島のように寒風吹きすさぶ死の島とならぬよう、すぐにでも手を打たねばならないのに、官邸で今回の不信任案否決にニヤニヤとした顔をしている閣僚を見ると、本当にこの人たちは日本という国を愛しているのかと疑問に思う。日本という国家がまかり間違えば消滅する可能性だってあるのだ。何百年か先に、この島を捨て、流浪の民となって世界各国を渡り歩かねばならないことだって考えられるのだ。
放射性物質にそう神経質になることはありませんという政治家や学者がいても、彼らが原発の近くに家を構えて家族ともども生活していないのでは説得力はない。もちろん原発のトップの方々も。
電気を必要とする場所に何故原発が一基も作られていないのか。
私は今になって思う。
福島第一原発で政府や東電が正しい対応をてきぱきと行なって、放射線量などの情報を適宜迅速に公開していたならば、未曾有の天災で生じた原発事故であったが資源のない日本の将来のためにはこれを教訓としてさらに安全な原発と共存していくほかに道はない、と国民は悟り、受け入れようとした空気が生まれたのではあるまいかと思うのである。
現状はまさにその対極である。
どう対応してよいかわからぬ政府と東電。そして二転三転の情報修正。それこそ手探りの状態で遅遅として進まぬ収束までの道のり。それは不信任案が否決された今となっては菅政権の花道となった。とすれば菅首相が任期を全うするまで収束などありえないのかと勘ぐりたくなる。
政権の延命に原発事故の収束を使われるようではまともな対応は出来ないだろう。
今一度言う。取り返しのつかない事態になる前に、もっと強力なリーダーシップを持った者が政権を担うべきだと私は思う。
つい数時間前は不信任案に賛成するといきまいていた議員が反対票を恥ずかしげもなく係りの者に渡す。そんな中、不信任案に賛成票を投じた松木前農政政務官と横粂衆院議員の二人が除名処分となった。二人の行動は国民に分かりやすく、これを幼い、短絡的というならば国会議員に正義はいらないことになる。
採決直前に変心された国会議員様、今更臍をかんでも後の祭り。
直前の鳩山前首相との会談や代議士会で、菅首相の「一定のメドがついた時点で身を引く」という含みのある発言で、それまで不信任案賛成に傾いていた若手議員や、こともあろうに鳩山前首相までもが不信任案に反対票を投じた一連の国会のゴタゴタはちょうど園児の寸劇を見ているようで、日本の政治というのはいまだ未成熟だとあらためて思い知った。
不信任案が否決された後で、菅首相が「辞任する等と言った覚えは無い」と開き直ることを鳩山前首相や若手の国会議員が予想できなかったのは仕方がない。民主党のレベルとはそんなもんだ。本当の政治家ならばきちんと書面を録っておくのが当然で、ここでも政権担当能力に欠ける党の一面を見た気がした。
国会議員であれば、いや政治家であれば言ったことに責任を持つことが当然なのに民主党の幹部の言うことは信用できぬことを今更ながら思う。それを首相が率先して行なえば他の閣僚は何をかいわんや。だからこそきっちりとした書面が必要なのである。
今、不信任案に賛成して解散にでもなったら再び国会議員のバッジをはめるのは難しい。それなら残りの任期を今の身分で通しきったほうがいい。その間にまた民主党の支持率も上向くかも知れない。代議士会で菅首相は若手に後を譲ると言っているし、鳩山前首相も党を二分するようなことは避けたいと言った。一度は不信任案に賛成票をと思ったが、やっぱりまだ国会議員でいたいし事を荒立てるのは止めておこう。
まあ若手国会議員の胸の内はこんなもんだったのだろう。そこには今なお東日本大震災で辛い毎日を送っている被災者のことなど全くない。保身のためには信念(あればのことだが)に背いて平気で前言を翻すことなどなんとも思わない国会議員がいる。驚くことに若手議員ばかりでなく、日頃菅政権を批判していた中堅の民主党国会議員でさえも、菅首相の甘い言葉に翻弄されてしまった。
不信任案が可決されて菅首相が衆院を解散したら被災地では大混乱が生じる、だから賛成してはならないという考えは不信任案の趣旨を履き違えている。
これは後で述べるが、菅政権の平時での政治運営はもとより、東日本大震災と福島第一原発事故への対応能力が著しく劣っていることに起因して提出された不信任案である。
大震災からもうすぐ3ヶ月である。例え未曾有の大震災であったにしろ、私たちの義捐金の多くがいまだ被災者に渡っていないということを聞くと、なにかせっかくの想いが棚上げされたようで、義捐金は被災者に直接渡したほうが気持の収まりが付いたのではと思う時がある。
被災者の救済や原発事故の対応の拙さを自治体が、赤十字が、東電が、原子力安全保安院が、と言うが、もとを辿れば政権が弱いからだ。そのふらつく政権の足元を見ていろんなところがなめてかかっている構図が私には見える。馬も弱腰の騎手を見れば振り落とすという。
未曾有の大惨事である。とにかく原発の収束に向って強引とも思える手段を使ってやっていれば、今頃は収束の段階にあったかもしれない。最初の段階で大きくボタンを掛け違えたのだ。悠長な判断が招いた結果だ。
特に福島第一原発事故では対応を誤れば、この後何十年何百年と影響があるかもしれないほど重要で最優先で取り組まねばならない事故なのに政権にその気迫が今も見られない。現に今までの対応で冷却水の注入経緯や放射能測定値の公表の有無、原発周辺の住民の避難方法などにおいて大きな混乱があった。
未曾有の災害に遭って復興途中にある一国の有能なリーダーは、もし不信任が可決されたならば混乱を引き起こす解散など選択せずに、自らが身を引く冷静さを備えているものである。こともあろうに解散を脅しに使うなどとは許されることではない。
菅首相の見苦しい面は、解散を脅しに使って統率をはかるという、日本人が古来から持ち合わせている伝統の「潔さ」から程遠い手法を使っていることだ。
その狡猾さが今回の不信任案採決にも現れた。
今回の逆転劇を「素晴らしい」と評価するコメンテーターがいた。
菅首相が今回のシナリオを作ったのではなかろう。指南役が居る。彼らの役目は他人を欺く、そして身内も欺く術に長けていることだ。そして最後に国民を欺く。始末の悪いことに、そういう能力があれば原発事故を一日でも早く収束させることに使ってほしいのだが、それには発揮できないようだ。
こうして私はキーボードで一文字一文字を入力している間にも、福島第一原発では放射性物質が自然界に放出されているのである。人間ばかりではなく、周辺の動植物にどれほどの影響があるか誰にも分からない。原発に接する海底では何が起こっているのか、放射線量はどうなのか、そこに生息している海産物は安全なのか。私たち国民にこれらの情報が殆ど入ってこない。
昔、アメリカが太平洋で実施した核実験によって魚が汚染され、日本では「原子マグロ」と大騒ぎになったことがある。他の国が行なった放射生物質の海洋汚染に対して日本で起きた騒動は風評被害だと誰も言わなかった。
小さな島国の日本である。世界地図で日本の福島を探すといい。そこで原発事故が起き、少なくとも3基の原子炉で核燃料のメルトダウンが生じて周辺に放射性物質が放出した。30km圏内の住民は避難した。このニュースを聞いた外国の人たちはどう思うだろう。
たとえば日本と同じ島国のイギリスで原発事故が起きたと考える。私たちはイギリスへの観光やあるいはイギリスで作られた製品をどのように思うだろうか。
日本政府は直ちにイギリスからの食品などの輸入に規制をかけるだろう。それを風評と言うだろうか。
核に対する反応はどこの国でも似たようなものである。
日本で起きたからと特別に敏感になっているわけではないのである。
一部の情報では福島県浪江町で耳のないウサギが生まれたそうである。私は不安をあおっているわけではない。放射性物質の影響か否か、それもわからない。ただこういうことが報告されていることに目を背けないでもらいたい。事実私たちの身には今何も起きていない。しかし原発周辺の世代交代の早い動植物がどうなっているのかを知って、私たちの将来、あるいは子供、孫の将来を予測することは可能である。
福島第一原発事故の対応を誤れば、東日本どころか日本全部が汚染されてしまい、日本で生産される食物はおろか、工業製品、日本近海で獲れた魚介類さえも輸出できなくなる怖れがある。それどころか日本人が外国に行くことも制限されることも考えられる。
日いずる国といわれた美しい日本が、米国が昔行なった核実験で今でも放射能が検出されて立ち入りが制限されているアリューシャン列島のある島のように寒風吹きすさぶ死の島とならぬよう、すぐにでも手を打たねばならないのに、官邸で今回の不信任案否決にニヤニヤとした顔をしている閣僚を見ると、本当にこの人たちは日本という国を愛しているのかと疑問に思う。日本という国家がまかり間違えば消滅する可能性だってあるのだ。何百年か先に、この島を捨て、流浪の民となって世界各国を渡り歩かねばならないことだって考えられるのだ。
放射性物質にそう神経質になることはありませんという政治家や学者がいても、彼らが原発の近くに家を構えて家族ともども生活していないのでは説得力はない。もちろん原発のトップの方々も。
電気を必要とする場所に何故原発が一基も作られていないのか。
私は今になって思う。
福島第一原発で政府や東電が正しい対応をてきぱきと行なって、放射線量などの情報を適宜迅速に公開していたならば、未曾有の天災で生じた原発事故であったが資源のない日本の将来のためにはこれを教訓としてさらに安全な原発と共存していくほかに道はない、と国民は悟り、受け入れようとした空気が生まれたのではあるまいかと思うのである。
現状はまさにその対極である。
どう対応してよいかわからぬ政府と東電。そして二転三転の情報修正。それこそ手探りの状態で遅遅として進まぬ収束までの道のり。それは不信任案が否決された今となっては菅政権の花道となった。とすれば菅首相が任期を全うするまで収束などありえないのかと勘ぐりたくなる。
政権の延命に原発事故の収束を使われるようではまともな対応は出来ないだろう。
今一度言う。取り返しのつかない事態になる前に、もっと強力なリーダーシップを持った者が政権を担うべきだと私は思う。
つい数時間前は不信任案に賛成するといきまいていた議員が反対票を恥ずかしげもなく係りの者に渡す。そんな中、不信任案に賛成票を投じた松木前農政政務官と横粂衆院議員の二人が除名処分となった。二人の行動は国民に分かりやすく、これを幼い、短絡的というならば国会議員に正義はいらないことになる。
採決直前に変心された国会議員様、今更臍をかんでも後の祭り。
2011年3月21日月曜日
「震災は天の恵み」と発言するこの人の品格
大阪府議会議長の長田義明府議が20日、地元の事務所開きで「大阪にとって天の恵みと言うと言葉が悪いが、本当に地震が起こって良かった」と発言した。
長田府議は橋下大阪府知事が掲げる大阪湾の近くにある旧WTCビルへ大阪府庁を全面移転させることに反対しており、今回の東日本大震災を早速移転反対の材料にした格好だ。
長田府議は、不謹慎な発言だったと謝罪したが、死亡・行方不明者を合わせると2万人を越える今回の大惨事を「天の恵み」とか「地震が起こって良かった」と発言する人間が府議どころか府議会議長の座にいることが不思議でならぬ。
長田府議は橋下大阪府知事が掲げる大阪湾の近くにある旧WTCビルへ大阪府庁を全面移転させることに反対しており、今回の東日本大震災を早速移転反対の材料にした格好だ。
長田府議は、不謹慎な発言だったと謝罪したが、死亡・行方不明者を合わせると2万人を越える今回の大惨事を「天の恵み」とか「地震が起こって良かった」と発言する人間が府議どころか府議会議長の座にいることが不思議でならぬ。
2011年3月19日土曜日
セ・リーグが小手先だけの29日開幕延期
プロ野球のセ・リーグが批判のあった3月25日に予定していた公式戦開幕を3月29日に延期したという。
なぜ25日開幕に批判があったかということを正しく理解しない、あるいは出来ないセ・リーグ理事会のお偉方の面々に失望した。
おそらく「ほら29日に延期したじゃないか」という子供じみた理屈をつけて強引に開幕するだろうね。
なぜ25日開幕に批判があったかということを正しく理解しない、あるいは出来ないセ・リーグ理事会のお偉方の面々に失望した。
おそらく「ほら29日に延期したじゃないか」という子供じみた理屈をつけて強引に開幕するだろうね。
2011年3月17日木曜日
何を血迷ったことを
セ・リーグ理事会がプロ野球セ・リーグの25日開幕決めたという。
これには巨人・渡辺会長が25日開催を頑強に主張したと知って唖然とした。
東日本大震災の惨状が次第に明るみになって、犠牲者が一万人以上だと報じられ未曾有の出来事に日本中の国民が言葉を失っているさ中に、娯楽スポーツのひとつでもあるプロ野球を開催するだと。何を血迷ったことを言っているのか。
それだけではない。今この時でさえ状況は刻々とより深刻になっているかもしれない福島第一原発のことを考えれば、今は開催云々などと言っているときではないだろう。
プロ野球労組・選手会は12球団実行委員会に対して、「セ・パとも開幕を延期して欲しい」と緊急提案していた。パ・リーグは被災した仙台を本拠地とする楽天を慮って開幕延期を決定した。
プロ野球労組・選手会とパ・リーグはいたってまともな判断をしたのである。
そういうプロ野球選手会に対して、渡辺会長はまるで04年の球界再編時の意趣返しのように25日開催を主張したという。それに引きずられるセ・リーグ理事会も情けない。
東日本大地震の余震がいまだに終息せず、福島第一原発が日本国の存亡を左右するかもしれない深刻な状況の下で、なぜセ・リーグの野球が開催できるのか。「(野球の開幕が)被災者に勇気と元気を与えるというのは、思い上がりだ」という選手会の言葉は全くその通りだ。
電気もガスもない、そして食料でさえ満足に口に出来ない数十万にもおよぶ被災者が、地元のチームでもないワンサイドリーグの試合で勇気づけられ元気になるとは到底思えない。被災者が今必要なのは、食料であり、暖かい居場所であり、行方不明者の消息なのである。
他の多くのスポーツやイベントは中止になったり、延期になった。これがまともな判断だろう。そういう中であえてセ・リーグの野球だけを予定通り開幕させるという意図がわからぬ。開幕の収入を被災地に回すというのも何かとって付けた理由のような気がする。それよりセ・リーグ理事会のお偉さん方の潤沢なポケットマネーを募金されたらどうか。
国家存亡の瀬戸際にも等しいこの時が野球を観戦するのにふさわしい状況ではない、ということが渡辺会長をはじめとしたセ・リーグ理事会の面々にわからぬはずはなかろう。
プロ野球の開幕は、今起きている惨事の終息にメドがついた、という時を待っても少しも遅くない。
これには巨人・渡辺会長が25日開催を頑強に主張したと知って唖然とした。
東日本大震災の惨状が次第に明るみになって、犠牲者が一万人以上だと報じられ未曾有の出来事に日本中の国民が言葉を失っているさ中に、娯楽スポーツのひとつでもあるプロ野球を開催するだと。何を血迷ったことを言っているのか。
それだけではない。今この時でさえ状況は刻々とより深刻になっているかもしれない福島第一原発のことを考えれば、今は開催云々などと言っているときではないだろう。
プロ野球労組・選手会は12球団実行委員会に対して、「セ・パとも開幕を延期して欲しい」と緊急提案していた。パ・リーグは被災した仙台を本拠地とする楽天を慮って開幕延期を決定した。
プロ野球労組・選手会とパ・リーグはいたってまともな判断をしたのである。
そういうプロ野球選手会に対して、渡辺会長はまるで04年の球界再編時の意趣返しのように25日開催を主張したという。それに引きずられるセ・リーグ理事会も情けない。
東日本大地震の余震がいまだに終息せず、福島第一原発が日本国の存亡を左右するかもしれない深刻な状況の下で、なぜセ・リーグの野球が開催できるのか。「(野球の開幕が)被災者に勇気と元気を与えるというのは、思い上がりだ」という選手会の言葉は全くその通りだ。
電気もガスもない、そして食料でさえ満足に口に出来ない数十万にもおよぶ被災者が、地元のチームでもないワンサイドリーグの試合で勇気づけられ元気になるとは到底思えない。被災者が今必要なのは、食料であり、暖かい居場所であり、行方不明者の消息なのである。
他の多くのスポーツやイベントは中止になったり、延期になった。これがまともな判断だろう。そういう中であえてセ・リーグの野球だけを予定通り開幕させるという意図がわからぬ。開幕の収入を被災地に回すというのも何かとって付けた理由のような気がする。それよりセ・リーグ理事会のお偉さん方の潤沢なポケットマネーを募金されたらどうか。
国家存亡の瀬戸際にも等しいこの時が野球を観戦するのにふさわしい状況ではない、ということが渡辺会長をはじめとしたセ・リーグ理事会の面々にわからぬはずはなかろう。
プロ野球の開幕は、今起きている惨事の終息にメドがついた、という時を待っても少しも遅くない。
2010年9月22日水曜日
特捜部の驚くべきデーターの改ざん
大阪地検特捜部の主任検事・前田恒彦容疑者は、郵便不正事件で押収したフロッピーはいじくっているうちに誤って書き換えられてしまった、と供述しているという。
こんな馬鹿なことを鵜呑みにする人はいないと思うが、何でもある検察だから油断は出来ない。場合によっては前田容疑者の取り調べメモも都合の悪いものは破棄するかもしれない。それで結局、前田容疑者1人だけの犯行だったと、これはもう構図が出来上がっているのではないかと思う。調べるほうも調べられるほうも仲間内だから、公判で供述が翻る恐れが無い。
第一、押収したものを遊び半分でいじくるのも言語道断だが、もし仮にそれが許されても、押収物のフロッピー(以下FD)の最終更新日時の箇所に都合よくカーソルが動くのか、と言いたい。これは意識的にでもないとありえない話だ。よくもそんなことがヌケヌケと言えるものだ。身内による取調べの欠陥がここにも現われている。
特捜部の狡猾なやり方はこれだけではない。
検事の構図に沿った更新日時に改ざんされたFDはその後上村被告に返還されている。なぜ改ざんしたままの状態で上村被告に戻したのか。マスコミは何故ここを突っ込まないのか。
特捜部は公判で証拠採用しなかったが、恐らく後日、証拠採用して上村被告から提出させようと目論んでいたと思う。こうすれば改ざんした日付だとは誰も思わないだろう、と特捜部は考えていたのだろう。
でなければわざわざ危険を冒してまで証拠採用しなかったFDのデーターを改ざんする必然性が無い。
検察内部でこの改ざんが噂され始めたため、特捜部は証拠採用する機会を失してしまった。
今回の事件を仲間内で取り調べてどんな組織的犯罪が暴かれるのか、誰が見てもおかしいと思うだろう。司法だけに任せていても、その司法の中心が腐っている。ここでは絶対に第三者を入れて、この事件の背景も含めてとことん調べなければならない。
社会の悪を暴くはずの検察が、この郵政不正事件をみただけでも村木厚子元局長のように罪のない人間を犯罪人に仕立て上げる。こんな恐ろしい検察は日本に必要ない。
今すぐにでもこういう検察から権力を取り上げて、私たち国民に戻して欲しい。
必要とあれば自警団でわが身、わが町を守るほうが納得できて精神的によろしい。
もう馬鹿馬鹿しくて吠える気にもならない。
こんな馬鹿なことを鵜呑みにする人はいないと思うが、何でもある検察だから油断は出来ない。場合によっては前田容疑者の取り調べメモも都合の悪いものは破棄するかもしれない。それで結局、前田容疑者1人だけの犯行だったと、これはもう構図が出来上がっているのではないかと思う。調べるほうも調べられるほうも仲間内だから、公判で供述が翻る恐れが無い。
第一、押収したものを遊び半分でいじくるのも言語道断だが、もし仮にそれが許されても、押収物のフロッピー(以下FD)の最終更新日時の箇所に都合よくカーソルが動くのか、と言いたい。これは意識的にでもないとありえない話だ。よくもそんなことがヌケヌケと言えるものだ。身内による取調べの欠陥がここにも現われている。
特捜部の狡猾なやり方はこれだけではない。
検事の構図に沿った更新日時に改ざんされたFDはその後上村被告に返還されている。なぜ改ざんしたままの状態で上村被告に戻したのか。マスコミは何故ここを突っ込まないのか。
特捜部は公判で証拠採用しなかったが、恐らく後日、証拠採用して上村被告から提出させようと目論んでいたと思う。こうすれば改ざんした日付だとは誰も思わないだろう、と特捜部は考えていたのだろう。
でなければわざわざ危険を冒してまで証拠採用しなかったFDのデーターを改ざんする必然性が無い。
検察内部でこの改ざんが噂され始めたため、特捜部は証拠採用する機会を失してしまった。
今回の事件を仲間内で取り調べてどんな組織的犯罪が暴かれるのか、誰が見てもおかしいと思うだろう。司法だけに任せていても、その司法の中心が腐っている。ここでは絶対に第三者を入れて、この事件の背景も含めてとことん調べなければならない。
社会の悪を暴くはずの検察が、この郵政不正事件をみただけでも村木厚子元局長のように罪のない人間を犯罪人に仕立て上げる。こんな恐ろしい検察は日本に必要ない。
今すぐにでもこういう検察から権力を取り上げて、私たち国民に戻して欲しい。
必要とあれば自警団でわが身、わが町を守るほうが納得できて精神的によろしい。
もう馬鹿馬鹿しくて吠える気にもならない。
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