2010年5月19日水曜日
口蹄疫問題であきれた農水相の発言
日本人は一部の畜産業者を除いて、政府も政治家もお役人も、口蹄疫ウィルスが社会に及ぼす恐ろしさをわかっていないようだ。だからこそ英国で600万頭もの家畜を処分しなければならなかったのも、英国の畜産業者はもちろん政府や国民もその恐ろしさを知っていたからだ。日本中に蔓延すれば、これは四足の動物だけでなく、日本社会を恐怖に陥れることにもなるのに、そのことを識者もマスコミも余り言わない。風評被害と言っている場合ではないのに、何を暢気にしているのだろうと思う。
赤松農水相は「わたしのやってきたことに反省するところはない」と言っているが、なにをとぼけたことを言っているのかと思う。
「結果は思うようにならなかったが、(死力をつくしたので)私に責任はない」と言っているのだ。口蹄疫が発生したのを耳にして、海外に出かけたのだ。
百歩譲って、このことに赤松農水相が死力を尽くしたとしよう。しかし、結果的に失敗したのであるならば、どういう理由であろうと、その責はトップが負うべきものだ。そのために多くの権限が付与されているのだ。
赤松農水相が「私に反省するところはない」と言った時点で、鳩山首相はこの大臣を罷免すべきだった。責任を負わぬ大臣が「口蹄疫防疫対策本部」の長をやっている限り、また同じ失敗を起こすだろう。
赤松農水相は5月11日の農水委員会で「私一人いなかったからといって、いささかも支障があったとは理解しておりません」と発言した。口蹄疫ウィルスという強力な感染力を持つ敵を相手にして、作戦を立てる場に司令官がいなくても支障が無ければ、そういう司令官は必要ない。
もう一度言う、鳩山首相は赤松農水相を今すぐに罷免すべきだ。
夏の参院選では、口蹄疫ウィルスの拡散を防止するため、演説会や集会の類はすべて禁止になるかもしれない、と言ったら笑われるか。
2010年4月25日日曜日
米政府は鳩山政権を見限った
米政府にとって、稚拙な政治運営をする同盟国の鳩山政権がこのままずるずると生き延びれば、いつ日米同盟に取り返しのつかない事態が生じるかもしれないという危機感があったからだろう。それは、日米2国間の問題だけでなく、アメリカの世界防衛戦略にも影響を及ぼしかねないからだ。
普天間基地移設に関して、現行案が最適だとしてきた米政府が、わざわざ沖縄県民の反感を増大するような時期に合わせて、上述のような情報を流すことを容認したとすれば、現在の普天間基地からの移設はあきらめてしまったともいえる。米政府にとって、移設しようとしまいと戦略上大きな影響はないわけである。日本とりわけ沖縄県民だけが深手を負ってしまうのである。
自ら「愚かな総理」と認めた鳩山首相は、その時点で辞任すべきであったとあたしは思う。一体どこの国トップが「私は愚か」などと言うか。たとえ首をはねられる直前だとしても、国の最高権力者は威厳を保つべきだ。それが国民に対する責務であり、国の尊厳を保つことになるのだ。
鳩山首相は日本という国に泥を塗ったのだ。
国会が会期中であろうと、未提出の法案が山積していようと、一億余の日本国民を引っ張っていかねばならぬ国のトップが弱音を吐いた時点で、この内閣は死んだも同然である。
この死に体内閣がズルズルと居座って、形ばかりのおざなりな政治をしていたら、日本という国はつぶれてしまう。普天間基地移設問題、高速道路の新料金や子ども手当てなどに限らず、そのほかの細かいところでも政府と民主党あるいは閣僚間にゴタゴタを生じている。このことが諸外国に与える影響も見逃せない。国際的にも日本政府への信用が無くなり、日本の国債の信用度が下がり、ギリシャの二の舞では済まなくなってしまう。ギリシャはEUが助けてくれるが、損得ぬきで日本に手を差しのべてくれる国はどこがあろうか。
あたしはここで提案する。民主党は鳩山内閣の不信任案を提出し、ポスト鳩山としてサプライズな民主党代表を選出すべきだ。事業仕分け第二弾といった安易な手法で起死回生を狙うには余りにも深手を負いすぎた。これに似たシナリオはずっと前に見たことがあるが、その時関与した中心人物は排除した方が良かろう。
日本の存亡がかかった行動を誰がやってくれるか。時期を失すれば悔やんでも悔やみきれない。
2009年12月24日木曜日
内閣支持率急落の下での政権交代の意義
これはイラクで「戦争の根拠となった大量破壊兵器の存在が確認されていない」ことに基づくもので、イギリスでは同様な理由で独立調査委員会が今年6月に設置され、現在議論されている。
あの小泉政権の政策について、その功罪を検証することを与党は誰ひとりとしてやってこなかった。郵政民営化に限っても、当時そのことに反対した一部の自民党議員でさえ「もう過ぎたことだから」と今更蒸し返すのは罪悪のような言い方をする。ましてやイラク戦争に加担する理由となった「大量破壊兵器」について、2004年7月米上院情報特別委員会が米CIAの分析の誤りだと糾弾して、その存在が否定されたにも拘らず、それを唯一の武力行使支持の理由にしていた小泉政権や与党の間に、このことに関する論議がされたということを一度も聞かない。衆院選挙に大敗しても、敗因を党の名称や振り子の揺れ戻し的な考えに求めていては支持率の回復は当分望めそうにない。
小泉元首相は、国会で自衛隊のイラク派遣について野党から質問された時に、「どの地域が非武装地域か私に判るわけがない」と答え、さらに「自衛隊のいるところが非武装地域だ」と、今考えたらとんでもないことを言っている。当時のマスコミはこれを機知に富んだ迷答だと面白おかしく報じていたが、あたしたちが一国の首相を「笑点」に出演している噺家と同じ様なとらえ方をしていたことも、こういう発言を寛容した原因だ。そしてその歪みが今の日本の社会のあちこち見られる。
イラクに対するアメリカの武力行使を支持したことだけにとどまらず、今まで自公政権が行なってきた種々の政策を政権交代を機に検証しなければ、あたしたちが選んだ政権交代の大きな意義の一つは失われてしまう。またこのことによって政権は下手な政策をやれないという良い緊張を生む。
民主党が先の衆議院選挙で大勝し、政権交代が実現したのはいいが、これを生かしきれない鳩山政権にはじれったさを通り越して、怒りを感じる。だからといって自公政権の方が良かったと思わないのが不思議だ。それほど自公政権には痛めつけられたということかもしれない。そうはいっても鳩山政権が誕生してまだ100日だから、比較するのもムリがあるという気もする。この先どんな暗闇が待っているか。このまま鳩山政権が続けば、それを覗き見するのも怖いような気がする。
それにしても最近の鳩山内閣支持率は目を覆うものがあるが、あたしがもっとも歯がゆく思うのは、支持率急落の重大さを当の首相本人があまり危機的にとらえていないように見えることである。この支持率急落はあの安倍内閣とほぼ同じで、ひょっとすると結末も同じになるような気がしてならない。鳩山首相は「国民はじれったく思っているのでしょうが・・・」と、今とっている言動について国民に不満があるのは当然わかっていますよ、でもこれは計算したものでそのうち画期的なことをやりますよ、と思わせぶりな発言をしている。なんかこのあたりは、あのオバマ大統領に言った「Trust me!」と同じに聞こえてしょうがない。
あたしは自公丸という船から鳩山丸に乗り換えてみたが、どうもこの船長が頼りなさげに見える。おまけに行き先が何処なのかはっきりしない。「国民の生活が第一」という港に着けてもらいたいが、高級船員同士で言い争っている場面も目にするし、時々船員の組頭みたいな人が船長に直談判しているという。近くに自公丸というついこの間まで乗った船が浮かんでいるが、船はメンテナンスが行き届かず、船長はじめ船員にも信用できない人が多く、とてもじゃないが戻りたくない。周りを見渡せば、国新丸、社民丸といった小船がまとわり付いているが、飛び乗ったら沈みそう。といった夢を見ちゃったね。
政権交代という、社会の仕組みをがらりと変える千歳一遇のチャンスを鳩山政権は生かしきれていない。その点小沢幹事長の行動には、天下を獲るという面から見る限り、感心してしまう。小沢幹事長には国のトップになる気はないと、民主党の元幹部は言っていたが、彼の期を逃さない行動は野生的的で政治家にとって必要なものであるには違いない。しかし、それまでの苦労や時間をかけて創り上げたものを、一時的な己の感情の高ぶりで反故にしてしまう性格が何時現れるかと、あたしには一抹の不安がある。
2009年12月9日水曜日
「国民の生活が第一」は政権を取るための道具だったのか
普天間飛行場の移設問題をはじめとした他のすじみち不明な政策に対し、各大臣が勝手気ままな意見を言い、内閣の統制のなさをこれでもかと見せつけている。最近にいたっては第2次補正予算の立案に際し、大臣同士のあきれたバトルが展開されるに至っては、あたしはあきれて口もきけない。
鳩山首相はオバマ米大統領が来日した時に、「Trust me(私を信じて)」と言ったらしいが、一国のトップ同士が取り交わした言葉を、場末の公園で恋人同士が交わした言葉程度の軽さで葬り投げる国の日本の総理とは一体何?
鳩山首相は「普天間飛行場移設問題も大事、沖縄の住民の意見も大事、連立政権も大事」と言っているが、そのような状況の中だからこそ躊躇なく決断するのが首相の務めではないのか。政治では、すべての人が納得する解決策はありえない残酷な世界だということを鳩山首相は知らぬらしい。
首相や閣僚の一挙一動で日本の経済や国民の生活が揺れ動くことを、鳩山内閣の各大臣が十分に判っているとはとても思えない。もし判っているのなら、安易な発言や行動はしないはずだ。また、普天間のように非常に大事な問題を、鳩山首相には自分で解決しようとする姿勢がみられず、「時間」に解決させようとしている。名護市長選の結果や沖縄県民の世論の結果を利用して結論を導こうとしているが、これは「他力本願」のなにものでもない。ここでいう「他力本願」とは他人任せという意味で使ったのではない。
ここから先はあくまでもあたしの妄想によるもので誤解しないようにしていただきたい。「他力」とは仏教言葉で「阿弥陀如来の力」だけを指し、このことで本願(約束)を果たそうということだ。このことになぞらえて言えば、おそらく鳩山家は神道で、名護市長選の結果も沖縄県民の世論もすべて神の定めたもので、鳩山首相はそれに従って結論を下そうとしているのではないか。今までの政治の重要課題に対して、天の声か何かを待っているような取り組みと、「友愛」をはじめとして鳩山首相がこれまでに発言してきた説法にも似た独特の言い回しが、他人事のようにそして宗教じみて聞こえたのも理解できる。しかし外交や日本の政治やあたしたちの将来の生活が、もしこのようなオカルトじみた方法で決められるとしたらこれほど国民にとって最悪なことはない。これでは政治家としての資質を疑われるどころか、危険な方向に行くのを阻止しなければと考えられても仕方あるまい。
あたしは先に「天の声を待っている」と書いたが、もう一つの神の声、北国の岩手の声がある。マスコミでは鳩山政権と共に二重政権構造を成しているといわれている小沢幹事長の声である。良くも悪くも小沢幹事長が現政権を99%操っているのは間違いない。
その極端な例が12月4日に首相官邸で鳩山首相と小沢幹事長の会談をめぐる二人の食い違いである。鳩山政権を操るためには、幻になってでも押しかける小沢幹事長を考えれば、あたしの予想は大きく外れてはいまい。
内閣でゴタゴタの元になっている閣僚を切れない、いや少し譲って注意できないその線上には小沢幹事長の意向が働いているのではないか。また、あの行政刷新会議の事業仕分けメンバーの人選ミスで、仙谷行政刷新会議担当大臣が即座に小沢幹事長に対して頭を下げたことや、今度の小沢幹事長の中国訪問では党所属の国会議員が143人と支持者ら計630人が同行するのをみても、鳩山政権に対する彼自身の影響力を誇示する意図がミエミエなのは明らかである。
今のようにどちらを向いても難題ばかり山積し、その解決のメドもつかない状態では、いっそのこと鳩山首相は総理の座を小沢幹事長に譲ったほうがこの政権はうまくいくのではないか、とあたしは動物感覚的に思う。運転している隣の助手席の者が、ひっきりなしにハンドルに手を伸ばしていたら危なくてしょうがない。そんな時あたしは運転を替わる。
民主党が掲げる政策の多くは、国民の願いに沿ったものが多い。そういう意味合いでは「国民の生活が一番」という民主党のキャッチフレーズは大きく外れてはいない。しかし閣内の諍いで「国民の生活が一番」という政策が置き去りにされ、あたしたちが選択もしなかった国民新党や社民党の政策に引っ張られる連立政権はあたしの想定外だ。このことのみならず、他方では外交と経済をうまく操ることができない現政権は無能力だと、国民ばかりか外国からも指摘される前に何らかの荒治療をしないと、早晩与党民主党は、小泉元首相が4日に自民党幹部の前で予言したように「来年の参院選までもたない」かもしれないし、自民党が「2,3年雌伏の時を過ごしたら」今度こそ手ごわい自民党政権が生まれる恐れもある。ひょっとすると小泉元首相は再出馬を狙うかもしれない。
民主党の若手や中堅幹部の中に少なからずいるすばらしい能力をもった議員が、今のようなみっともない政権運営を見て幻滅を感じるとしたら、これは民主党にとっても日本の国にとっても大変不幸な事である。
2009年12月3日木曜日
流行語大賞に「政権交代」
「政権交代」は単なる時事語だとして批判的な声があるが、鳩山首相は「政権交代は今年限り。来年は政権維持」と代理を通じて言っている。でも目前の問題をいまだ何一つ解決できずに、先送りしているようでは来年の政権維持も黄信号が灯りそうだ。現に社民党の福島党首は、沖縄普天間飛行場移設問題で、もし辺野古に飛行場が作られるようなことになったら、社民党は連立を抜けることもあり得ると言ったそうな(3日テレビ朝日)。
足元からきな臭い煙が上がっているのに、鳩山首相は例のごとく「重く受け止める」と言ったきり。もうこの言葉は聞き飽きた。鳩山首相は偽装献金ー俄然偽装めいてきたのでこの言葉を使うーのことで頭の中はヒート状態なのか、ぶら下がり会見では目が泳いでいるようにも見えるのはあたしの思い過ごしか。
民主党に最大限えこひいきして判断すると、最近の鳩山首相のこの優柔不断(のふりをしているの)は民主党小沢幹事長の意向が大きく反映しているのかもしれない。鳩山政権に対する小沢幹事長の影響力は前々から言われてきたことだけど、鳩山政権が今すぐにでも具体的な結果を出せることさえも先延ばしにしているのはなぜか。鳩山政権も民主党もすべては来年の参議院選挙を目指して動いているようだ。だからそのためには、国民が大喜びしそうな政策も今すぐには具体化せず、参議院選挙に影響しそうな時期を選んでいるような感じだ。最近の地方選では民主党の立候補者が苦戦しているけれど、参議院選挙を考えたらものの数ではないと思っているのかもしれない。現に小沢幹事長は「事業仕分け」ならぬ「陳情仕分け」を導入してきた。民主党の窓口を通したものだけを政府に取り次ぐシステムにするという、従来の自公政権時の政官財癒着べったりの陳情風景を見たら、こういうやり方もありかな、と思う。そして陳情する者はいやでも民主党に顔を向けねばならなくなるというのが狙いだ。
「民主党は期待はずれ」というのは、ひょっとすると小沢幹事長のシナリオにあらかじめ描かれたもので、来年の参議院選挙を狙ったものかも。選挙直前に民主党の公約を次々実現させれば、期待はずれの感があった分、効果は大だからね。で、今は亀井大臣や福島大臣が何を言おうとコメントもせず黙っている。ただ国会法改正について社民党がこの件を検討もせず無視した態度を非難したいきさつがあったけどね。
マスコミは民主党の小沢幹事長をどこかの国のドンみたいに描いているけど、ノッポリした鳩山首相にこの幹事長が付いていなければ、鳩山政権は今頃ずるがしこい官僚や腹黒の自民党の長老たちにコテンパンにやられて、それこそすぐに二度目の政権交代が起きたかもしれない。政変に等しい政治の変わり目では、にらみを利かしたドンは必要悪だと思うね。懸念があるとすれば、小沢幹事長が昔の癖を必要以上に発揮しだすと、昔と同じあの場面を目にする可能性があることかな。
自公政権の下では赤のフィルターを通していたのでなかなか見えなかった悪事が、民主党の政権になって青いフィルターを通してみたら、よくもまあこんな悪どいことが長年ばれずにと思うようなことが、あちこちでポロポロと露見してきたなあーとこのごろよく実感できる。一番いい例が元アメリカ局長が沖縄の返還における密約の存在をつい最近証言したことだ。91歳にもなる高齢な元アメリカ局長は「歴史を歪曲するのは国民のためにならない」と言ったそうで、もし自民党政権下であったならばこうはいくまい。このことだけでも政権交代の意義はある。
政権交代は過去の政治の歴史を検証するうえで大きな意味があるのを知れば、いままで55年間一党独裁の政治が日本に何をもたらしたかわかるだろう。一部の者は自民党政権は敗戦国である日本を繁栄させたというが、それは800兆円の借金の上に作り上げたものだ。それもまだふくらみ続けている。地方の借金と隠し借金をあわせると900兆円の借金王国、それが日本の現状だ。
こういう中で流行語大賞に「政権交代」を選ぶなら、来年はぜひとも「借金大国」と言う言葉を選んで欲しい。
2009年11月21日土曜日
機密費はすべて公開すべき
マルコス大統領が去った後のマラカニアン宮殿にはマルコス大統領夫人の高級な靴がそれこそ山ほど残されていたが、平野官房長官が業務引継ぎの際、首相官邸に残されていたのはカラッポの金庫だったという。ことほどさように、麻生前政権はチリ一つ残さず、あらいざらい持ち去ったわけだ。
河村前官房長官が2億5000万円の使途について「説明する立場にない」のであれば、現平野官房長官は「説明する立場にある」のだから疑惑のあるこの使途についてすぐさま説明すべきだろうよ。このことによって平野官房長官が今回受け取った1億2000万円の官房機密費に連動することを恐れて説明を避けているのであれば卑怯である。
確か民主党はこのような機密費の使途については明らかにすべきで、そのための法案も検討していたのじゃなかったかね。そういう機密費自体の存在を「承知していない」と発言した平野官房長官が1週間後にはぬけぬけとその機密費の請求をすることほど国民を愚弄するものはあるまい。
機密という名がついているからには、その目的を公にすると場合によっては国益を損なう恐れがあるということくらい素人のあたしにも分かる。毎年12億ほどの官房機密費がすべて税金であっても、それが純粋に国や国民のために使われるのであれば、その内容をあたしはあえて知りたいとは思わない。しかし信頼している人物にまとまったお金を預け、社会に役に立つことに使ってくださいと頼んだものの、己の衣服や特定の人の歓心を買うようなことに使われていたとしたら、使い道を明らかにせよと要求する気持ちになるのは当然だろうよ。
官房機密費に限らず、外務省報償費(外交機密費)や捜査報償費の一部は不正な使われ方がされたことが今までに明らかになっている。外交機密費にいたっては毎年約50億円が計上されていて、その問題点は今までも散発的に国会で取り上げられているがなかなか抜本的な改善がなされず、これが財政逼迫した国のやることかとあきれてしまう。この外交機密費の3分の1近くが官房機密費に上納されているとの疑惑もあって、もしこれが事実なら官房長官が扱える額はもともとの機密費とあわせ年間約30億円にもなる。
2001年に発覚した外務省機密費流用事件は首相の外遊を担当していた当時の外国訪問支援室長が9億9000万円の官房機密費を受け取り、競走馬やゴルフ会員権、高級マンション、女性への生活費に浪費していたというが、これなどは上納された外交機密費のペイバックだろう。
こうしてみると、わが国の機密費が国家の緻密な戦略や戦術に基づいて的確に有効的に使われているとは到底思われない。機密費というたいそうな名称がついているが、単に使用目的隠しに都合のいい名をつけたとしか考えられない。あやふやなものにもいとも簡単に流用できる機密費の使途公開を、相手のあることだとか、誤解を招くとかいう理由で拒絶するが、国益のための機密費という性格はとうに失っている。いま使途を公開しても、不正に関わった者には大きな影響があろうとも、それ以外はさほどのことはあるまい。
確かに国が政策を進める上で官房機密費などの使用目的を公開することは国益を損なう場合があるかもしれない。しかしそれは機密費が正しいことに使われており、過去においてもいささかの疑惑も持たれなかった場合に言えることで、多くの国民から疑わしい目で見られている今となっては、もはやそれは主張できまい。国益ということを隠れ蓑にして、使用目的を公開する考えはないという官房長官の発言を聞くにつけ、貴重な税金を都合のいいように流用しているのではないかということに疑念が涌き、例の裁判員ではないが、「むかつく」ようなことが「国民の生活が第一」というキャッチフレーズを掲げる民主党政権にも少なからずあるという事実に、あたしは言いようのない腹立ちを覚える。
鳩山政権は国益と言う言葉を発する前にすべての機密費が正しいことに有意義に使われる方策を緊急に考えるべきだ。もしそれができなければこういう使途目的が不明瞭な機密費などは即刻無くすべきだ。鳩山首相は今回の件について「政権交代時にはありうるべきこと」とか悠長なことを言っているが事態はそんな生易しいことではない。日本国民の何千万分の一かに当たるあたしが今回のことで民主党政権に?という疑問符を持ち始めたのだ。同じ気持ちになる人間はひとりや二人ではあるまい。
政権を取って野党時代には考えもしなかったいろんな権力、待遇、金力が舞い込んできた。野党のときは批判していた制度が与党になったとたん使い勝手のいいものに感じられて手放したくなくなってきた。そんなイメージを今の民主党に感じるのである。
前麻生政権が退陣の半月前に2億5000万円もの官房機密費を国益のためにどう使ったのかをすぐさま明らかにすることは現鳩山政権の責務である。そしてさらに機密費の公開を求めていた民主党政権が直ちにすべての機密費の使用目的を公開しなければ、民主党もやはり言行不一致のハリボテ政党かと日本国民に判断されても仕方ないと思う。その先に控えるものは日本を一層泥沼に陥れそうなガタガタの自民党政権ではなく、おそらくアメリカ51番目の日本州だろう。橋下大阪府知事が唱える日本の道州制など簡単に吹っ飛んでしまう。
2009年9月20日日曜日
せっかちなマスコミに告げる
「官僚の記者会見を禁止」と言えば、国民の知る権利が損なわれると言い、「八ッ場ダム建設中止」を打ち出せば、長年争いに翻弄され続けてダム建設を受け入れた地域住民の心情を踏みにじるものだと記事に書き、温室効果ガス25%削減を打ち出せば、排気ガスを増やす要因となる高速道路無料化との整合性はどうなんだと鬼の首でも取ったようにテレビで放映する。
はっきり言いましょうか。鳩山政権が発足してまだ4日だよ。任期の4年間を100メートル走に例えれば、あのウサイン・ボルト選手でさえ、まだスタートラインから1mも走っていないんだ。その時に「どうですか、優勝できそうですか、記録はどのくらい出そうですか?」と尋ねるならまだいい。「アンツーカーが滑りやすそうですね、足の動きが重そうですね、靴が脱げそうですがリタイアします?」と声をかけるようなもんだ。スタートしたばかりで具体的政策はこれから立案するという段階で、出鼻をくじくような報道の仕方は感心できないよ。まあ、走っている最中に無用な声なんぞかけるもんじゃないけど、どうしても声かけしたいのだったら「ガンバレー」だろう。なかには馬鹿な野次馬が「何で出てくるんだ」「コケてしまえ」とかヤジを飛ばすかもしれないが、一流のマスコミはそんな下品な野次は飛ばさないもんだ。任期の4年、100m走ならばゴールした後の結果で思いのたけをぶつけたらいいじゃないか。
それじゃ遅いんだというのであれば、少なくとも3ヶ月あるいは半年間ほどは見守るべきじゃないのかね。オバマ米大統領だって就任後100日経って良識あるマスコミは初めて評価したっていうじゃない。 今、マスコミがこの政権に対して投げかけるものは多くが仮定のものだ。こんな質問にも丁寧に答えようとする議員が民主党に多い(誠実な議員がいるという証拠でもあるけどね)が、仮定の質問には答えられないと言えば良いじゃないかね。自公政権のとき、自民党の閣僚がよく使った手だけどね。政権を司るというのは、行動と共にその発言にも100%責任を持つということだ。一部のマスコミみたいに責任の所在があやふやな一方的垂れ流しの報道では、視聴率は稼げても到底政権運営は出来ません。これはスタジオでふんぞり返って、脱官僚依存という国民が望んでいる大きな変化には眼をつむり、人事なんかのささいなトラブルを針小棒大に取り上げるオタクコメンテータにも言えることだよ。
あたしがもっとも怒っているというか、不思議に感じるのは、無血革命にも等しい「政変」を国民が望んで民主党を選び、その政権が動き出したというのに有権者の多くはどうして冷静、無関心でいられるのか、ということ。ずーっと昔のちょうちん行列みたいなことをしろとは言わないが、こんどの政権交代は、かのフィリピンやミャンマーとかで起こった政変と同じくらいあたしたちの生活にインパクトのあるものなんだよねー。それなのに、このシルバーウィークは例年と同じ様に1000円乗り放題の高速道路を我が車でぎゅうぎゅう詰めにして、排気ガスをまき散らしている状態だし、新幹線ではハリボテの運転席でいい大人が子供と一緒にキャアキャア騒ぎ、リンゴの産地で九州ナンバーの車の家族がリンゴの生もぎを楽しんでいる。ようやく政権交代という高額の宝くじを当てたのに、本人はそんなことには思い至らず、今日も明日も昨日と同じ様な時間が流れると思っている。
1日に100人以上の自殺者がいるという先進国(?)日本。摩訶不思議なこの国の未来が、まさに今から決されようとしている時に、あたしたちが今までの生活を思い返して、脱官僚依存の政策に呼応出来るような行動ができるのじゃないかと、あたしのささやかな脳細胞は訴えている。